40冊の漫画と190円のビール

仕事中、用事があって好きな本屋の前を通った。三月のライオンが全巻セットで500円だったので買わない選択肢が無かった。仕事終わりに絶対買うぞと心に決めて、誰も買わないでくれと願った。結局私は懲りもせず、衝動的に40冊ほど買った。岡崎京子押切蓮介羽海野チカ、いろいろ。レジに大量の漫画を持って行ったら店員さんが静かに引いていた。持って帰れなくて途方に暮れていると恋人に連絡したら、「〇〇は腕が2本しかないから大変だね」と言われた。他の人は2本以上あるような言い方だ。

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行きつけのサンドイッチ屋さんで残り一つのシャインマスカットサンドを注文し、岡崎京子を読みながら待っていたら、窓からコンコンと音がして振り向いたら、恋人がいた。なぜかその瞬間がやけに脳裏に焼き付いていて、写真を撮ればよかったと後悔した。帰ったら絶対に絵に描くぞと心に決めて、忘れないように頭の中で何度も何度も、記憶の輪郭をなぞった。嬉しくて一目散に走って行ったら、右手は漫画が入った袋、左手はわたしの手を握ってくれた。「この辺りは上司が住んでいるから手を繋いでいるところを見られるかもしれない」と言ったら、潰れそうなぐらい強く握られた。

電車に乗っていたら「ここまで読んで」と本を渡された。江國香織の『旅ドロップ』の固いバターが好きという話。感想を言ったら、「自分は江國香織が嫌いなんだよね でも好きな人もいるから、どう思うのか知りたかった」と言われ、へ〜と思った。「へ〜」というのは、「へ〜」ということだ。この人はよく、こういうことをする。ラーメンが嫌いなのにラーメンを食べたり。気持ちはわかる。嫌いなものを嫌いだと確かめて安心したいんだ。嫌いなものがわかると、何を切り捨てたら快適に過ごせるかわかって生きやすくなる。わたしはこう思ってるけど、見当違いかもしれない。だから気軽に共感したくないし、されたくない。それでも一緒に居たいと思う。

もっと一緒に居たかったので、各停に乗った。それから暫く、電車で特に話さず、お互い本を読んで過ごしていた。何故かわからないけど、今までで1番幸せだなあと思った。

電車を降りた時、この人は1時間弱かけて会いにきてどこにも寄り道せずただまっすぐわたしの家について来てくれるなんて、本当にわたしの荷物持ちをする為だけに来てくれたみたいだと思ったら、妙に可笑しくて笑ってしまった。「こんなの、ものすごく暇か、私のこと大好きかのどっちかじゃん」と言ったら、「どっちもだよ」と言われて笑ってしまった。正直で信用できる。「今日は元々会いたかったんだよ だから嬉しかった」と言われた。15:00に連絡して呼び出そうとしていたらしい。嬉しいけど仕事中だから無理だ。

最寄駅につき、フレッシュネスバーガーのグラスビール190円の看板が目に止まった。「前下北の店舗行ったら売り切れてて飲めなかったんだよね」と言ったら、入ることになった。「あと15分で営業時間が終わるけどいいの?」と聞いたら、「15分で飲もうよ」と言われた。ビールを飲みながら本を読んでいる恋人を眺めながら、今わたしの視界の50%は黄色で構成されていると思った。

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恋人が村上春樹の『国境の南、太陽の西』について話してくれたが、わたしはアルコールが回って頭がふわふわしていて、半分ぐらい理解できていなかった。「わかるように教えて」と言ったら丁寧に説明してくれたけど、このビールを飲み干して、お店を出て家に着いたら、「わたしの漫画を家に届ける」という用事が終わってしまうので、今この瞬間を脳みそに焼き付けようと必死でそれどころじゃなかった。「時間は有限」とはこの事だと、強く思った。

家に着く30秒前、「同居人が山に登る用事があればうちに泊められるんだけどなあ」と言ったら、「じゃあ今から2人で『山に登ってください』ってお願いしよう」と言われて笑った。遭難するよ。